なぜ優秀な社長ほど「数字を言葉」に変換できるのか──財リンガル経営とは
「売上3億、利益3000万」と聞いて、あなたの社員は何を思うか?
経営会議の席で、社長が決算数字を発表します。
「今期の売上は3億円、営業利益は3000万円でした。粗利率は32%、販管費率は22%です」
この数字を聞いて、社員は何を感じるでしょうか?
「へぇ、そうなんだ」──そう思うだけで、明日からの行動が変わることはありません。なぜなら、その数字が「自分に何を求めているのか」が分からないからです。
私が支援した年商2億8000万円の卸売業D社でも、同じ問題がありました。社長のD氏は、毎月の会議で詳細な数字を報告していました。でも、営業部長はこう言いました。「社長の話は分かります。でも、正直、何をすればいいのか分からないんです」
一方、別の会社──年商3億5000万円の製造業E社では、まったく違う光景がありました。
社長が朝礼で言います。「今月の目標まで、あと250個です。1人あたり10個売れば達成できます。1個売れば、700円が会社に残ります。この700円が、皆さんのボーナスになります」
数字は同じです。でも、社員の反応はまったく違いました。「よし、あと10個だ!」と営業マンが動き出します。「この700円を守るために、材料のムダを減らそう」と製造現場が工夫し始めます。
この2つの会社の違いは何でしょうか?
それは、社長が「数字を言葉に変換できているかどうか」です。
優秀な社長は、数字をそのまま伝えません。数字を「意味のある言葉」に変換して伝えます。そして、その言葉が社員を動かします。
私はこれを「財リンガル経営」と呼んでいます。財務の数字を、経営の言語に変える技術です。
今回は、なぜ優秀な社長ほど「数字を言葉に変換できるのか」、そしてあなたもその技術を身につける方法をお伝えします。
数字を言葉に変換できない3つの問題
問題①:数字を並べるだけで「意味」が抜け落ちる
多くの社長が陥る最初の問題は、「数字を並べることが報告だ」と思い込んでいることです。
決算書には、売上、原価、粗利、販管費、営業利益……たくさんの数字が並んでいます。でも、その数字を並べるだけでは、何も伝わりません。
ある物流会社の社長は、毎月の会議で試算表を配布していました。「売上高2億3000万円、対前年比105%、粗利率28%……」と、丁寧に読み上げます。
でも、会議が終わった後、社員はこう言いました。「数字は分かりました。で、僕らはどうすればいいんですか?」
数字はあくまで「結果」です。その数字が「何を意味しているのか」「どんな行動を求めているのか」──それを言葉にしなければ、数字はただの数字のままです。
これは、将棋で言えば「局面を見ているだけ」の状態です。盤面の駒の配置は見えている。でも、「この局面は有利なのか不利なのか」「次に何を指すべきなのか」が分からない。だから動けないのです。
問題②:社員が「自分ごと」にできない
二つ目の問題は、数字が「会社全体の話」になってしまい、社員が「自分の仕事」と結びつけられないことです。
「今期の営業利益は3000万円です」と聞いて、社員は「へぇ、すごいですね」と思うかもしれません。でも、自分の給料が増えるわけでも、自分の仕事が楽になるわけでもないと感じれば、それは「他人ごと」です。
年商5億円の小売業の社長は、こう嘆いていました。「うちの社員は、数字に無関心なんです。売上が下がっても、『大変ですね』と他人ごとです」
でも、それは社員が悪いのではありません。社長が、「その数字が自分にどう関係するのか」を伝えていないのです。
「営業利益3000万円」という数字を、「1人あたり年間30万円のボーナス原資」と言い換えたらどうでしょう? 急に「自分ごと」になります。
「粗利率32%」という数字を、「1000円の商品を売ったら、320円が会社に残る。その320円で、君たちの給料と、次の仕入れ代と、設備投資ができる」と説明したらどうでしょう?
数字は、社員の「リアル」な言葉に変換して初めて、力を持ちます。
問題③:行動に繋がらない
三つ目の問題は、数字が「過去の記録」にとどまり、「未来の行動」に繋がらないことです。
「先月の売上は2500万円でした」──これは事実です。でも、「だから何をするのか」がなければ、会議は「報告会」で終わります。
優秀な社長は、数字を「行動を促す言葉」に変換します。
「先月の粗利は800万円でした」ではなく、「先月の粗利は800万円。目標の900万円に対して100万円足りない。これは、1件あたり5万円の案件を20件増やせば達成できる」
この言葉を聞けば、営業マンは「よし、あと20件だ」と動き出します。
数字を「過去の記録」にするか、「未来の行動」に変えるか──それは、社長が数字を「どう言葉にするか」で決まるのです。

財リンガル経営とは──数字を「経営言語」に変える技術
財リンガル経営の3段階:「読める→見える→使える」
私が提唱する「財リンガル経営」とは、財務の数字を、経営の言語に変える技術です。
この技術には、3つの段階があります。
第1段階:「読める」──数字の意味を理解する
まず、数字を「読める」ようになることです。売上、粗利、営業利益、キャッシュフロー──それぞれの数字が「何を表しているのか」を理解します。
これは、将棋で言えば「駒の動き方を覚える」段階です。基本のルールを知らなければ、対局はできません。
財務も同じです。基本用語の意味を押さえることが第一步です。
第2段階:「見える」──数字の背後にあるストーリーを掴む
次に、数字を「見える」化します。数字の背後にある「現実」を掴むのです。
「粗利率が32%から28%に下がった」──この数字は、何を意味しているのでしょうか?
単に「4ポイント下がった」ではありません。その背後には、「値引きが増えた」「原価が上がった」「商品構成が変わった」といった現実があります。
優秀な社長は、数字を見たとき、その背後のストーリーが「見える」のです。これは、将棋で言えば「形勢判断」の段階です。
第3段階:「使える」──数字を行動に変える
最後に、数字を「使える」ようにします。数字から具体的な行動を導き出すのです。
「粗利率が28%に下がった」という数字から、「値引きをやめよう」「原価交渉をしよう」「高粗利商品にシフトしよう」という行動が生まれます。
これが「使える」段階です。数字が、単なる情報ではなく、経営の「武器」になります。
財リンガル経営の真髄は、この第3段階──「使える」にあります。数字を行動に変え、組織を動かす。それが、優秀な社長の共通点なのです。
数字の意味付けの技術──「価値を読む」視点
財リンガル経営において最も重要なのが、「数字に意味を与える」技術です。
同じ数字でも、どう意味付けるかで、社員の受け止め方はまったく変わります。
例えば、「粗利率35%」という数字。これをどう伝えるか?
パターンA:「当社の粗利率は35%です」
→ 社員:「へぇ、そうなんだ」(何も変わらない)
パターンB:「1000円の商品を売ったら、350円が会社に残ります。その350円で、皆さんの給料を払い、次の仕入れをし、設備投資をします」
→ 社員:「なるほど、この350円が大事なんだ」(意識が変わる)
パターンC:「1個売れば350円が残ります。1日10個売れば、3500円。月に20日働けば、7万円があなたのボーナスになります」
→ 社員:「よし、もっと売ろう!」(行動が変わる)
この違いは、「数字に意味を与えているかどうか」です。
マーケティングの世界には、「知覚価値」という概念があります。商品の価値は、「客観的な価値」だけでなく、「顧客が感じる価値」で決まるという考え方です。
財務も同じです。数字の価値は、「客観的な数字」だけでなく、「社員が感じる意味」で決まります。
優秀な社長は、この「知覚価値」を高める技術を持っています。数字を「社員が共感できる言葉」に変換し、「自分ごと」にします。
「売上3億円」を「1人あたり300万円の売上を100人で達成」と言い換える。「営業利益3000万円」を「社員1人あたり30万円のボーナス原資」と伝える。
この言い換えが、社員の心を動かし、行動を変えるのです。

実例で学ぶ:数字を言葉に変えて組織が変わった製造業C社
背景:数字を伝えても社員が動かなかった会社
年商4億円の金属部品製造業C社。社長のC氏は、毎月の経営会議で詳細な数字を報告していました。
「今月の売上は3500万円、粗利率は32%、営業利益は280万円です。目標の300万円に対して、20万円の未達です」
数字は正確でした。でも、会議が終わっても、現場は何も変わりませんでした。
営業部長はこう言いました。「社長の話は分かります。でも、具体的に何をすればいいのか……」
C氏は悩んでいました。「数字を伝えているのに、なぜ社員は動かないのか?」
転機:数字を「社員の言葉」に変換した
私がC社を訪問したとき、C氏にこう提案しました。「数字を、社員の言葉に変えてみませんか?」
まず、「粗利率32%」という数字を変換しました。
C社の主力製品は、1個2000円で売れる金属部品です。原価は1360円。粗利は640円。粗利率は32%です。
この数字を、こう言い換えました。
「1個売れば、640円が会社に残ります。この640円で、皆さんの給料を払い、機械のメンテナンスをし、次の材料を買います。640円がなければ、会社は回りません」
次に、「営業利益280万円」を変換しました。
「今月の営業利益は280万円。目標は300万円。あと20万円足りません。20万円を640円で割ると、312個です。つまり、あと312個売れば、目標達成です」
そして、こう続けました。
「営業メンバーは5人います。1人あたり62個。1日3個売れば、20日で達成できます」
この言葉を聞いて、営業部長の表情が変わりました。「なるほど、あと1日3個か。それならできそうです」
結果:社員の行動が変わり、業績が向上した
C氏が数字を「言葉」に変えてから、会社の空気が変わりました。
営業部では、「今日は何個売れた?」「あと何個で目標達成?」という会話が増えました。毎朝、ホワイトボードに「あと〇〇個」と書かれ、全員がそれを意識するようになりました。
製造現場でも変化がありました。「1個の粗利640円を守ろう」という意識が生まれ、材料のムダを減らす工夫が始まりました。
社員たちが、自発的に動き始めたのです。
その結果、3ヶ月後、C社の営業利益は目標の300万円を超え、320万円になりました。対前年比で15%の増益です。
C氏はこう振り返ります。
「数字を伝えるだけでは、社員は動きませんでした。でも、数字を『彼らの言葉』に変えたら、全員が自分ごととして動き出しました。これが財リンガル経営の力なんです」
今では、C社の経営会議は「報告会」ではなく「行動会議」になりました。数字を見て、それを言葉に変え、具体的な行動を決める──その流れが定着したのです。

今日から実践できる「数字を言葉に変える」3ステップ
では、あなたも「数字を言葉に変える」技術を身につけるには、どうすればいいのでしょうか。具体的な3ステップをお伝えします。
ステップ1:数字を「1人あたり」「1個あたり」に分解する
最初のステップは、大きな数字を「小さな単位」に分解することです。
「売上3億円」と言われても、社員はピンと来ません。でも、「社員50人で割ると、1人あたり600万円の売上」と言い換えれば、「自分ごと」になります。
実践方法:
- 売上を「社員1人あたり」「営業日1日あたり」に分解する
- 粗利を「商品1個あたり」「顧客1人あたり」に分解する
- 経費を「社員1人あたり」「月あたり」に分解する
この分解により、数字が「手の届く範囲」になります。
ステップ2:数字を「目標との差」で伝える
二つ目のステップは、数字を「目標との差」で伝えることです。
「今月の売上は2800万円です」だけでは、良いのか悪いのか分かりません。でも、「目標3000万円に対して、200万円足りません」と言えば、課題が見えます。
さらに、「200万円は、1件20万円の案件を10件増やせば達成できます」と具体化すれば、行動が見えてきます。
実践方法:
- 必ず「目標 vs 実績」をセットで伝える
- 差額を「行動の単位」に変換する(あと〇〇件、あと〇〇個)
- 「いつまでに」「誰が」「何を」するかを明確にする
この伝え方により、数字が「行動を促す言葉」になります。
ステップ3:数字を「価値の言葉」に変換する
三つ目のステップは、数字を「社員が実感できる価値」に変換することです。
「粗利率35%」ではなく、「1個売れば700円が残る。その700円が、君たちのボーナスになる」と伝えます。
「営業利益3000万円」ではなく、「社員1人あたり30万円のボーナス原資。頑張った分、ちゃんと還元できる」と説明します。
実践方法:
- 数字を「身近な価値」に置き換える(給料、ボーナス、休暇など)
- 「この数字が達成できたら、何が嬉しいか」を言語化する
- 「この数字を守らないと、何が困るか」も伝える
この変換により、数字が「社員の心を動かす言葉」になります。
将棋に学ぶ「評価の言語化」
将棋の世界では、プロ棋士が対局後に「感想戦」を行います。その中で、「この局面は、先手が飛車1枚分有利」「玉の堅さで後手が優勢」といった「評価の言語化」が行われます。
盤面という「数字」を、「有利・不利」という「言葉」に変換し、次の手を考えるのです。
経営も同じです。決算書という「数字」を、「強み・弱み」「課題・機会」という「言葉」に変換し、次の行動を決める。
優秀な社長は、この「評価の言語化」が自然にできているのです。

数字は「ツール」、言葉は「武器」──財リンガル経営で組織が動く
社長がいくら正確な数字を持っていても、それが社員に伝わらなければ、組織は動きません。
数字は「ツール」です。経営の状況を測る道具。でも、道具だけでは何も起きません。
言葉は「武器」です。人の心を動かし、行動を変える力。この武器があって初めて、組織は動き出します。
私が30年以上、中小企業の財務支援に携わってきて確信したこと──それは、「優秀な社長ほど、数字を言葉に変換する技術を持っている」ということです。
彼らは、決算書から「ストーリー」を読み取ります。粗利率が下がっているのは、「値引きが増えているから」。そして、そのストーリーを「社員が理解できる言葉」に変え、「値引きをやめよう」と具体的な行動を示します。
この「数字→ストーリー→言葉→行動」の流れが、財リンガル経営の本質です。
社員を動かすのは「意味のある言葉」
経営会議で、社長が言います。「今月の粗利率は28%でした。目標の32%に対して4ポイント下回っています」
この言葉を聞いて、社員は動くでしょうか?
おそらく、動きません。なぜなら、「4ポイント下回っている」という言葉には、行動を促す力がないからです。
では、こう言い換えたらどうでしょう。
「今月の粗利率は28%でした。これは、1000円売っても280円しか残らないということです。本来なら320円残るはずが、40円減っています。この40円を取り戻すために、値引きを5%から3%に抑えましょう。そうすれば、粗利率は30%に戻ります」
この言葉には、「何が問題で」「何をすべきか」が明確です。社員は「なるほど、値引きを減らせばいいんだ」と理解し、行動できます。
社員を動かすのは、「正確な数字」ではありません。「意味のある言葉」です。
財リンガル経営で、あなたの会社が変わる
あなたの会社では、数字が「報告」で終わっていませんか? もしそうなら、今日から変えてください。
「売上3億円」を「1人あたり600万円」に。
「粗利率35%」を「1個売れば700円が残る」に。
「営業利益3000万円」を「社員1人あたり30万円のボーナス原資」に。
この言い換えが、社員の意識を変え、行動を変え、会社の業績を変えます。
財リンガル経営は、難しい技術ではありません。「数字を、社員が共感できる言葉に変える」──ただそれだけです。
でも、その「ただそれだけ」ができる社長と、できない社長では、組織の成果がまったく違います。
まずは今日、あなたの会社の決算書を開いてください。そして、そこに並ぶ数字を、「社員が理解できる言葉」に変えてみてください。
「この数字は、何を意味しているのか?」
「社員に何を伝えたいのか?」
「どんな行動を求めているのか?」
その答えを、言葉にしてください。
数字は「ツール」、言葉は「武器」。
その武器を手に入れたとき、あなたの経営は次のステージに進みます。
