将棋の「形勢判断」が教えてくれた、経営で数字を読む力
中学時代、将棋部で叩き込まれた「形勢判断」という習慣
中学1年生の春、私は将棋部に入部しました。当時、将棋のルールは知っていても、強くはありませんでした。
顧問の先生がよく言っていた言葉があります。「次の一手を考える前に、まず形勢判断をしろ」
形勢判断──つまり、今の局面で自分が有利なのか不利なのか、どれくらいの差があるのかを判断すること。初心者だった私は、この形勢判断がなかなかできませんでした。
「なんとなく良さそう」「なんとなく悪そう」──そんな感覚だけで指していたので、せっかく有利な局面なのに焦って攻めて自滅したり、逆に不利な局面で何もできずに押し切られたりしていました。
でも、先生は繰り返し教えてくれました。「形勢判断には4つの基準がある。玉の堅さ、駒の損得、駒の働き、手番。この4つを見れば、局面が読めるようになる」
それから20年以上が経ち、私は経営コンサルタントとして中小企業の経営支援をしています。そして、経営者の方々と接する中で、あの「形勢判断」の考え方が、驚くほど経営に当てはまることに気づきました。
今日は、将棋の形勢判断が、どのように経営の「数字を読む力」につながったのか。その気づきをお伝えします。
将棋の「形勢判断」4つの基準とは
まず、将棋の形勢判断について、簡単に解説します。将棋で「今の局面はどちらが有利か」を判断するには、4つの基準を見ます。
① 玉の堅さ
自分の玉と相手の玉、どちらが堅いか。守りの金銀が何枚玉の周りにいるか。王手がかかりにくい形になっているか。これが「防御力」を示します。
相対的な堅さが重要です。自分の玉が金1枚で守られていても、相手の玉が裸玉(守りゼロ)なら、自分の方が堅い。逆に相手が金銀2枚で守られていれば、相手の方が堅いことになります。
② 駒の損得
駒をどれだけ得しているか、損しているか。これが「戦力」です。駒には価値があります。歩=1点、香=3点、桂=4点、銀=5点、金=6点、角=8点、飛車=10点。この点数で計算して、相手より得点が高ければ駒得、低ければ駒損です。
③ 駒の働き
駒がどれだけ働いているか。これが「稼働率」です。特に大駒(飛車・角)が戦いや守りに参加できているか。遊び駒(働いていない駒)がないか。より多くの駒が働いている方が有利です。
④ 手番
次に指すのはどちらか。手番を握っていると、攻めるのか守るのかを自由に選択できます。だから、手番を持っている側が有利です。
この4つの基準で、それぞれ先手・後手のどちらが良いかを判断し、総合的に優劣を決める。これが「形勢判断」です。
初心者の頃は、この判断ができませんでした。でも、毎回意識して見ていくうちに、「今は駒得だけど玉が薄いから、攻め合いになったら危ない」「駒損だけど、相手の玉が裸だから、ここで攻め込めば勝てる」──そんな判断ができるようになっていきました。
この「4つの基準で局面を見る習慣」が、後に経営の数字を見る力の土台になっていたのです。

将棋の「形勢判断」が、経営の「数字力」にそのまま当てはまる理由
玉の堅さ = 財務の安全性
将棋で「玉の堅さ」を見るように、経営では「財務の安全性」を見ます。
玉が堅ければ、多少攻められても耐えられる。逆に玉が薄ければ、少しの攻めでも詰まされてしまう。
経営も同じです。「財務が安全」な会社は、多少の売上減少や予想外の支出があっても耐えられます。でも、「財務が脆弱」な会社は、ちょっとした資金繰りの悪化で倒れてしまいます。
では、財務の安全性はどこで見るのか?
現金残高:今、手元にいくら現金があるか。これが「守りの金銀」です。現金が潤沢にあれば、急な支払いにも対応できます。
流動比率:流動資産(1年以内に現金化できる資産)÷流動負債(1年以内に支払う負債)。これが120%以上あれば、短期的な安全性は保たれています。将棋で言えば、「金銀2枚で玉を守っている」状態です。
自己資本比率:自己資本÷総資本。これが30%以上あれば、借入金に頼りすぎていない健全な状態。玉が深く囲われている感覚です。
多くの経営者は、売上や利益ばかり見ます。でも、それは将棋で「攻めの駒」だけを見ているようなもの。玉の堅さ(財務の安全性)を見ないと、いざという時に耐えられません。
駒の損得 = 収益性(利益)
将棋で「駒の損得」を計算するように、経営では「収益性」を見ます。
駒を取れば得、取られれば損。経営では、売上から経費を引いた「利益」が、駒の損得に当たります。
売上 − 経費 = 利益。利益が出ていれば「駒得」、赤字なら「駒損」です。
でも、ここで大切なのは、「駒の価値」を見ること。将棋では、歩1枚と飛車1枚は価値が全く違います。同じように、経営でも「どの事業で、どれくらい利益が出ているか」を見る必要があります。
売上1000万円の事業Aが利益100万円、売上500万円の事業Bが利益150万円。この場合、事業Bの方が「価値の高い駒」を取っていることになります。利益率が高いからです。
将棋で駒の損得を数値化するように、経営では利益を数値化する。そして、「どこで稼いでいるのか」を正確に把握することが、形勢判断の第一歩です。
駒の働き = 資産の効率性
将棋で「駒の働き」を見るように、経営では「資産の効率性」を見ます。
将棋で「遊び駒」がいると弱い。使っていない駒があるということは、戦力を無駄にしているからです。
経営でも同じ。「遊んでいる資産」があると、会社の力が発揮できません。
例えば:
- 売掛金:お金を回収していない状態。将棋で言えば、持ち駒にしたのに、盤上に打っていない状態。早く回収して現金化すれば、その現金を次の投資に使えます。
- 在庫:売れずに倉庫に眠っている商品。これも「遊び駒」です。在庫が多すぎると、現金が減ってしまいます。
- 使っていない設備:購入したけど稼働していない機械。減価償却費だけがかかり続ける「完全な遊び駒」です。
これらを数値化するのが、「回転率」です。
総資本回転率 = 売上 ÷ 総資本。これが1回転以上あれば、資産がしっかり働いている証拠です。
在庫回転率 = 売上原価 ÷ 在庫。これが高いほど、在庫が「働いている」=売れているということです。
将棋で「全ての駒を働かせる」ように、経営では「全ての資産を働かせる」。この視点が、資金効率を高めます。
手番 = キャッシュフローの主導権
将棋で「手番」を握るように、経営では「キャッシュフローの主導権」を握ります。
将棋で手番があれば、攻めるのか守るのか、自分で選べます。逆に手番がなければ、相手の攻めに対応するしかありません。
経営でも、「キャッシュに余裕がある」ということは、手番を持っているのと同じです。投資するのか、待つのか、攻めるのか、守るのか──自分で選択できます。
逆に、「資金繰りが苦しい」ということは、手番を失っている状態です。銀行の返済期限、取引先への支払い期限に追われ、自分の意思で経営判断ができなくなります。
だから、経営では「常に手番を握る」ことが大切です。そのためには:
- 現金を潤沢に持つ(最低でも月商の1〜2ヶ月分)
- 売掛金の回収を早め、買掛金の支払いを適度に遅らせる
- 未来のキャッシュフロー(3ヶ月先、6ヶ月先)を予測する
将棋で「手番を渡さない」ように、経営では「キャッシュの主導権を失わない」。この意識が、経営の自由度を守ります。

「形勢判断」をする習慣が、経営の意思決定を変える
形勢判断ができないと、次の一手が打てない
将棋で形勢判断ができないと、どうなるか?
有利なのに守りに回って、せっかくのチャンスを逃す。不利なのに無理に攻めて、自滅する。そんな「悪手」を指してしまいます。
経営も全く同じです。
「今、うちの会社は有利なのか、不利なのか」──それが分からないまま、次の一手を打とうとする。その結果、資金に余裕がないのに大きな投資をしたり、逆にキャッシュが潤沢なのに何もせず機会を逃したりします。
ある製造業の社長は、こう言いました。「売上は順調に伸びているから、うちは好調だと思っていた。でも、財務諸表を見たら、在庫が膨らんで現金が減っていた。気づいたときには、資金繰りが厳しくなっていた」
これは、将棋で言えば「駒得しているから有利だ」と思い込んで、「玉が薄い(財務が脆弱)」ことに気づかなかったケースです。
もし、この社長が「形勢判断」の習慣を持っていたら、こう考えたはずです:
- 駒の損得(収益性):〇 売上・利益は伸びている
- 駒の働き(資産効率):△ 在庫が増えすぎている
- 玉の堅さ(財務安全性):× 現金が減っている
- 手番(CF主導権):× このままでは資金ショートする
→ 結論:「駒得だが、玉が危ない。今は攻めるより、守りを固める(現金を確保する)べき」
こうした判断ができていれば、在庫を減らす、売掛金の回収を早める、投資を一時見送るなど、適切な一手が打てたはずです。
形勢判断を習慣化する「月次レビュー」
将棋では、対局後に必ず「感想戦」をします。あの局面はどうだったか、形勢はどうだったか──それを振り返ることで、形勢判断の力が磨かれます。
経営でも、同じことができます。毎月、決算書を見ながら「形勢判断」をするのです。
私が経営者にお勧めしているのは、月次で次の4項目をチェックすることです:
①財務の安全性チェック:
・現金残高はいくらか?
・流動比率は120%以上か?
・自己資本比率は30%以上か?
②収益性チェック:
・今月の売上・利益はどうか?
・どの事業・商品が一番利益を生んでいるか?
・利益率は維持できているか?
③資産効率チェック:
・売掛金の回収は順調か?
・在庫は適正水準か(付加価値の4ヶ月分以内)?
・総資本回転率は1回転以上か?
④キャッシュフロー主導権チェック:
・来月の入出金予定は?
・3ヶ月先のキャッシュ残高は?
・予想外の支出に対応できるか?
この4項目を、A4用紙1枚にまとめる。それが、あなたの会社の「形勢判断シート」です。
毎月これを見れば、「今、うちの会社は有利なのか不利なのか」「どこが強くて、どこが弱いのか」が一目で分かります。
「有利な時」と「不利な時」で戦略を変える
将棋では、形勢が有利な時と不利な時で、戦い方を変えます。
有利な時は、「攻め」ます。駒得している、玉が堅い──そんな時は、積極的に攻めて勝ちを決めにいきます。
不利な時は、「耐え」ます。駒損している、玉が薄い──そんな時は、無理に攻めず、相手のミスを待ちます。
経営も同じです。
形勢が有利な時(現金潤沢、利益順調、資産効率良好):
→ 攻めの経営をする。新規投資、設備導入、人材採用、新規事業──チャンスを積極的に取りにいく。
形勢が不利な時(現金不足、赤字、資産が働いていない):
→ 守りの経営をする。無駄なコスト削減、在庫圧縮、売掛金回収強化、不採算事業からの撤退──まずは財務を立て直す。
多くの経営者は、この判断を「感覚」で行います。でも、形勢判断を数字で行えば、「今は攻める時か、守る時か」が明確になります。
ある建設業の社長は、毎月の形勢判断シートを作るようになってから、こう言いました。「今まで、なんとなく『厳しいな』と思っていたけど、どこがどう厳しいのか分からなかった。でも、4つの項目で見たら、『現金は問題ないが、在庫が多すぎて効率が悪い』と明確になった。だから、在庫削減に集中できた」
形勢判断は、「何をすべきか」を教えてくれます。

「悪手を指さない」ことが、会社を強くする
将棋の格言「悪手を指さなければ負けない」
将棋には、こんな格言があります。「悪手を指さなければ負けない」
名人レベルの対局でも、勝負が決まるのは「好手」を指したときではなく、「悪手」を指したときです。一度の悪手が、形勢を一気に傾けます。
だから、強い棋士は「好手を探す」より先に、「悪手を避ける」ことに集中します。形勢判断をして、今の局面で指してはいけない手を見極める。それが、勝率を上げる秘訣です。
経営も全く同じです。
大きな成功を狙って冒険するよりも、「悪手を指さない」経営の方が、結果的に会社は伸びます。
経営における「悪手」とは
では、経営における「悪手」とは何でしょうか?
それは、「形勢判断を間違えた結果の判断」です。
- 玉が薄い(現金不足)のに、大きな投資をする → 資金ショートのリスク
- 駒損(赤字)なのに、さらにコストをかける → 赤字の拡大
- 駒が働いていない(在庫過多)のに、さらに仕入れる → キャッシュの圧迫
- 手番を失っている(資金繰りが厳しい)のに、支払いを先延ばしする → 信用の失墜
こうした悪手を指さないだけで、会社は確実に強くなります。
実際、私が支援してきた中で、大きく業績を伸ばした会社に共通するのは、「派手な成功」ではなく「地道に悪手を避け続けた」ことです。
毎月形勢判断をして、今の状態を正確に把握する。そして、今の形勢に合わない判断(悪手)を避ける。その積み重ねが、3年後、5年後に大きな差を生みます。
形勢判断が「悪手」を防ぐ
なぜ、形勢判断が悪手を防ぐのか?
それは、「今の局面で、何が一番危険か」が見えるからです。
形勢判断をせずに、感覚だけで経営すると、こうなります:
「売上が伸びているから、もっと攻めよう!」→ でも、実は現金が減っていて、資金ショート寸前だった。
形勢判断をして、4つの基準で見れば、こう判断できます:
「駒得(売上増)しているが、玉が薄い(現金減)。今は攻めるより、守りを固めるべき」
この判断ができれば、「在庫を減らして現金を確保する」「売掛金の回収を早める」「投資を見送る」といった、適切な一手が打てます。
形勢判断は、「何をすべきか」だけでなく、「何をしてはいけないか」も教えてくれるのです。

まとめ:中学時代に学んだ「形勢判断」が、経営の数字力を作った
将棋で学んだこと、経営で気づいたこと
中学時代、将棋部で叩き込まれた「形勢判断」。当時は、ただ勝つための技術だと思っていました。
でも、20年以上経って、経営コンサルタントとして経営を見るようになって気づきました。あの「形勢判断」の習慣が、経営で数字を読む力の土台になっていたことに。
将棋の形勢判断4要素:
- 玉の堅さ → 財務の安全性
- 駒の損得 → 収益性
- 駒の働き → 資産の効率性
- 手番 → キャッシュフローの主導権
この4つの視点で会社を見れば、「今、うちの会社は有利なのか不利なのか」「どこが強くて、どこが弱いのか」が見えてきます。
そして、その形勢に応じて、「攻めるべきか、守るべきか」が判断できます。
今日から始める「形勢判断シート」
では、あなたも今日から、会社の「形勢判断」を始めてみませんか?
A4用紙1枚に、次の4項目を書き出してみてください:
- 財務の安全性:現金残高、流動比率、自己資本比率
- 収益性:今月の売上・利益、利益率
- 資産効率:在庫回転率、総資本回転率
- CF主導権:来月の入出金、3ヶ月先のキャッシュ予測
これが、あなたの会社の「形勢判断シート」です。
最初は数字を集めるのが大変かもしれません。でも、毎月続けるうちに、必ず「読める」ようになります。将棋で棋譜並べを繰り返すうちに、形勢判断ができるようになるのと同じです。
そして、この形勢判断ができるようになれば、あなたの経営判断は確実に変わります。「なんとなく」ではなく、「根拠を持って」判断できるようになるからです。
「形勢判断」する習慣が、経営を変える
将棋の世界では、「形勢判断ができるようになると、勝率が上がる」と言われます。
経営の世界でも、同じです。形勢判断ができるようになると、「悪手を避け」「適切な一手を打てる」ようになります。
あなたは今、会社の形勢を正確に読めているでしょうか? 財務は安全か、収益は出ているか、資産は働いているか、キャッシュの主導権はあるか──。
もしまだできていないなら、今日が始める日です。将棋盤に向かうように、会社の数字に向き合ってみてください。
中学時代に学んだ「形勢判断」が、あなたの経営を変えていくはずです。
この記事のポイント
- 将棋の「形勢判断」4要素(玉の堅さ・駒の損得・駒の働き・手番)は、経営の数字力に直結する
- 玉の堅さ=財務安全性、駒の損得=収益性、駒の働き=資産効率、手番=CF主導権
- 形勢判断ができないと、有利な時に守り、不利な時に攻めるという「悪手」を指してしまう
- 月次で「形勢判断シート」を作ることで、経営の状態が一目で分かる
- 形勢に応じて「攻め」と「守り」を切り替えることが、戦略的経営の本質
- 「悪手を指さない」経営が、結果的に会社を強くする
