戻る

後継者が最初に身につけるべきは「意思決定の言語」である理由

「お父さんがいないと決められない」──その会社に未来はあるか?

ある製造業の後継者F氏(35歳)から、こんな相談を受けました。「父が社長です。私は専務として5年働いていますが、重要な判断は全て父に確認しなければなりません。『この取引先と契約していいか』『この設備を買っていいか』『この社員を採用していいか』──何を決めるにも、父の判断を仰ぎます」

「でも、父はもう70歳です。いつまでも頼れるわけではありません。近いうちに私が社長になります。そのとき、私は正しい判断ができるのでしょうか?」

F氏の不安は、多くの後継者が抱える共通の悩みです。

なぜ、後継者は「自分で判断できない」のでしょうか?

答えは明確です。**先代から「判断の言語」を受け継いでいないから**です。

先代社長の頭の中には、長年の経験で培われた「判断基準」があります。でも、それは言語化されていません。暗黙知のままです。だから、後継者に伝わらないのです。

私が中小企業の承継支援に携わってきて確信したこと──それは、**成功する承継には「意思決定の言語化」が不可欠**だということです。

今回は、後継者が最初に身につけるべき「意思決定の言語」とは何か、そしてどうすれば属人的経営から脱却できるのかをお伝えします。

属人的経営の3つの危険──「あの人がいないと回らない」会社

危険①:社長の不在=会社の停止

属人的経営の最大の危険は、社長が不在になると会社が止まることです。

年商3億円の建設会社G社。社長のG氏は現場にも出て、営業もして、見積もりも作り、資金繰りも全て一人で回していました。

ある日、G氏が倒れました。入院期間は3週間。その間、会社は文字通り「停止」しました。

顧客からの問い合わせに誰も答えられない。見積もりを出せない。工事の判断ができない。資金繰りが分からない。

3週間後、G氏が退院したとき、受注は激減していました。「あの会社は大丈夫か?」という噂が立ち、顧客が離れたのです。

これが、属人的経営の恐ろしさです。

危険②:判断基準が伝わらない

二つ目の危険は、先代の判断基準が後継者に伝わらないことです。

「なぜ、この取引先とは付き合うのか?」「なぜ、この設備投資はするのに、あれはしないのか?」「なぜ、この人は採用して、あの人は断るのか?」

先代の判断には、必ず理由があります。でも、その理由は言語化されていません。

「長年の勘」「経験」「肌感覚」──そんな言葉で片付けられます。

後継者は、その「勘」を持っていません。だから、同じ判断ができないのです。

危険③:組織が育たない

三つ目の危険は、組織が育たないことです。

社長が全てを判断する会社では、社員は「指示待ち」になります。

「社長に聞いてください」「社長がいないので分かりません」──そんな言葉が飛び交います。

社員は、自分で考えることをやめます。判断する力が育ちません。

これでは、会社は成長しません。社長の能力の限界が、会社の限界になってしまうのです。

ある経営コンサルタントは、こう指摘しています。

「会社というものは社長次第でどうにでもなる。社長が正しい決定をすると、会社の業績はその瞬間から向上してゆく。反対に、社長が正しい決定をしない限り、何をどのようにしても会社の業績は絶対によくならない」

決定こそが、社長の最も重要な役割なのです。

そして、その決定の基準を言語化し、組織に浸透させることが、承継の本質なのです。

意思決定の言語とは何か──「判断の型」を作る技術

意思決定の言語=判断を再現できる言葉

では、「意思決定の言語」とは何でしょうか?

それは、**判断を再現できる言葉**です。

「この状況では、このように考え、この基準で判断する」──それを言葉にしたものが、意思決定の言語です。

例えば、設備投資の判断。

先代社長は、長年の経験で「この設備は買うべきだ」と瞬時に判断します。でも、その判断基準を言語化していなければ、後継者は同じ判断ができません。

意思決定の言語では、こう表現します。

「設備投資は、投資回収期間3年以内、かつ売上増加または原価削減の効果が年間500万円以上見込める場合のみ実行する」

この言葉があれば、後継者も社員も、同じ基準で判断できます。

これが、意思決定の言語です。

将棋に学ぶ「形勢判断の言語化」

将棋の世界には、「形勢判断」という技術があります。

プロ棋士は、盤面を見て「今、先手が飛車1枚分有利」「玉の堅さで後手が優勢」と判断します。

この判断は、4つの要素で構成されています。

  • 駒の損得:どちらが駒を多く持っているか
  • 駒の効率:駒がどれだけ働いているか
  • 玉の堅さ:王将がどれだけ守られているか
  • 手番:次に指す権利がどちらにあるか

この4つの要素を言葉にすることで、形勢を「評価」できます。

経営も同じです。

会社の状況を「評価」するための言葉があれば、誰でも同じように判断できます。

それが、意思決定の言語なのです。

財リンガル経営:数字を判断の言葉に変える

私が提唱する「財リンガル経営」は、数字を経営の判断言語に変換する技術です。

例えば、「粗利率32%」という数字。

これだけでは、判断できません。

でも、こう言語化すれば、判断基準になります。

「当社の粗利率は32%。業界平均は35%。差の3%は年間900万円の利益機会損失。原因は値引きの多用。対策:値引き基準を明確化し、5%以上の値引きは社長決裁とする」

この言葉があれば、後継者も営業担当も、同じ判断ができます。

数字を「読める」だけでなく、「見える」(背後の原因が分かる)、「使える」(行動に変える)──この3段階が、意思決定の言語です。

判断基準の具体例:7つの領域

意思決定の言語は、経営の全領域をカバーする必要があります。代表的な7つの領域を示します。

①**価格・見積判断**:「粗利率30%以上、かつ競合3社以上の案件は積極受注」
②**設備投資判断**:「投資回収3年以内、ROI15%以上、キャッシュフロー試算必須」
③**人事判断**:「採用は即戦力重視、試用期間で適性判断、退職は引き止めない」
④**顧客対応判断**:「クレームは24時間以内訪問、原因→対策→再発防止の3点報告」
⑤**財務判断**:「現預金は月商3ヶ月分維持、借入は売上増加資金のみ、返済は確実に」
⑥**品質判断**:「顧客要求100%満足、社内基準はプラス10%、不良ゼロが目標」
⑦**戦略判断**:「強みに集中、弱みは捨てる、No.1になれる市場で勝負」

これらの判断基準を言語化することで、後継者は「何を基準に判断すべきか」が明確になります。

実例:判断の型を作って承継に成功した製造業H社

背景:父の「勘」に頼っていた後継者

年商5億円の金属加工業H社。創業社長のH氏(68歳)は、40年の経験で会社を育ててきました。

長男のH次郎氏(38歳)は、10年前に入社し、5年前から専務として働いていました。

でも、H次郎氏には悩みがありました。

「父に聞かないと、何も決められない」

価格交渉、納期調整、設備投資、人事──全ての判断を父に仰いでいました。

H氏は言います。「そろそろ息子に任せたいが、まだ不安だ。判断が甘い」

私がH社を訪問したとき、父と息子に提案しました。

「H社長の判断基準を、全て言語化しましょう。それが、承継の第一歩です」

転機:判断基準を「経営原則」として言語化

私たちは、H氏の判断をひとつずつ言語化していきました。

**【価格判断の原則】**
「粗利率30%を下回る案件は受けない。例外は、①既存顧客の緊急対応、②新規顧客の初回取引(年間取引額300万円以上見込み)のみ」

**【設備投資の原則】**
「投資回収期間3年以内、かつ①売上増加効果年間500万円以上、または②原価削減効果年間300万円以上の場合のみ実行」

**【人事判断の原則】**
「採用は、①技術者:実務経験3年以上、②営業:前職での実績確認必須、③試用期間3ヶ月で適性判断」

**【顧客対応の原則】**
「クレームは24時間以内に訪問。原因究明→対策提示→再発防止策の3点セットで報告」

これらを「H社経営原則10カ条」としてまとめました。

H次郎氏は、この原則を見て言いました。「なるほど、父はこういう基準で判断していたんですね。これなら私にも分かります」

結果:後継者が自信を持って判断できるように

経営原則を作成してから、H次郎氏の行動が変わりました。

ある日、取引先から「値引きしてくれないか」と依頼がありました。

以前なら、すぐに父に相談していました。

でも、この日は違いました。

H次郎氏は、経営原則を確認しました。「粗利率30%を下回る案件は受けない。例外は既存顧客の緊急対応のみ」

取引先は既存顧客ですが、緊急対応ではありません。粗利率を計算すると、値引き後は28%になります。

H次郎氏は、丁寧に断りました。「申し訳ございませんが、この価格が当社の限界です。品質でご満足いただけるよう、最善を尽くします」

取引先は納得し、元の価格で発注してくれました。

H氏は、この報告を聞いて言いました。「よくやった。その判断は正しい。もう、私に聞かなくても大丈夫だ」

H次郎氏は、自信を持ち始めました。

半年後、H氏は社長を退き、H次郎氏が社長に就任しました。

H次郎氏はこう振り返ります。

「経営原則があったから、私は安心して社長になれました。父の判断基準が言葉になっていたので、迷うことがありませんでした」

今では、H社の経営原則は、全社員が共有する「判断の基準」になっています。

社員も、自分で判断できるようになりました。「社長に聞かないと分からない」という言葉は、H社から消えたのです。

後継者が今日から実践できる「判断の言語化」3ステップ

では、あなたも「判断の言語化」を始めるには、どうすればいいのでしょうか。具体的な3ステップをお伝えします。

ステップ1:先代の判断を観察し、記録する

最初のステップは、先代がどんな判断をしているかを観察し、記録することです。

「この案件は受ける」「この取引先とは距離を置く」「この設備は今買う」「この採用は見送る」──先代の判断を、ひとつずつ記録します。

そして、「なぜそう判断したのか」を質問します。

「この案件を受けた理由は何ですか?」「どういう基準で判断したのですか?」

先代は、最初は「勘だよ」と言うかもしれません。でも、粘り強く質問を続けてください。

「勘とは、具体的に何を見て判断したのですか?」「同じ状況で、どう判断すればいいですか?」

この質問を繰り返すことで、先代の判断基準が少しずつ見えてきます。

実践方法:

  • 「判断ノート」を作り、先代の判断を毎日3つ記録する
  • 「なぜ?」を3回繰り返して、判断の理由を深掘りする
  • 1ヶ月で約90個の判断事例が集まる

ステップ2:判断基準を「原則」として言語化する

二つ目のステップは、集めた判断事例を「原則」として言語化することです。

例えば、価格判断。

先代が「この案件は受ける」「この案件は断る」と判断した事例を10個集めます。

その中から、共通点を見つけます。

「受けた案件は、全て粗利率30%以上だった」「断った案件は、粗利率が低いか、回収リスクが高かった」

この共通点を、原則として言語化します。

「価格判断の原則:粗利率30%以上、かつ回収リスクが低い案件のみ受注する」

この作業を、全ての判断領域(価格、設備投資、人事、顧客対応など)で行います。

実践方法:

  • 判断領域を7つに分類する(価格、投資、人事、顧客、財務、品質、戦略)
  • 各領域で5〜10個の事例を分析する
  • 共通点を「〇〇の原則」として1文にまとめる

注意点:「なぜ?」を3回繰り返す

判断基準を言語化する際、最も重要なのは「なぜその判断をしたのか」を深掘りすることです。

例えば、「この案件は断った」という判断。

1回目の質問:「なぜ断ったのですか?」
→「価格が合わないから」

2回目の質問:「なぜ価格が合わないと判断したのですか?」
→「粗利率が25%しか取れないから」

3回目の質問:「なぜ粗利率25%ではダメなのですか?」
→「当社の固定費をカバーするには、粗利率30%が必要だから」

これで、判断の根拠が明確になりました。「粗利率30%以上」という基準が見えてきます。

この「なぜ?」を3回繰り返す技術が、暗黙知を形式知に変える鍵なのです。

ステップ3:原則を使って自分で判断し、検証する

三つ目のステップは、作成した原則を使って、自分で判断してみることです。

そして、その判断が正しかったかを、先代に確認します。

「この案件は、粗利率32%なので受注しました。原則通りですが、判断は正しかったでしょうか?」

先代が「正しい」と言えば、原則は有効です。

もし「それは違う」と言われたら、原則を修正します。「粗利率だけでなく、〇〇も考慮すべきだった」

この検証を繰り返すことで、原則は精度を増していきます。

実践方法:

  • 毎週1つの原則を使って判断する
  • 判断結果を先代に報告し、フィードバックをもらう
  • 3ヶ月で原則を10〜15個作成し、検証する

この3ステップを実践することで、あなたは「判断の言語」を身につけることができます。

判断の型がある会社は強い──組織全体が賢くなる

判断の型=会社の知的資産

判断の型(意思決定の言語)は、会社の**知的資産**です。

先代の頭の中にしかない暗黙知を、言葉にして組織に残す。それが、承継の本質です。

判断の型がない会社では、後継者は一から学び直さなければなりません。先代と同じ失敗を繰り返し、同じ経験を積まなければ、同じ判断ができません。

でも、判断の型がある会社では、後継者は先代の40年の経験を、言葉として受け継ぐことができます。

これが、承継の最大のメリットです。

社員も判断できる組織へ

判断の型は、後継者だけでなく、社員にも力を与えます。

判断基準が明確になれば、社員も自分で判断できるようになります。

「社長に聞かないと分からない」から、「原則に従って自分で判断する」へ。

これが、組織の成長です。

社長の能力の限界が、会社の限界ではなくなります。社員一人ひとりが判断できる組織は、強い組織です。

承継は「判断の承継」である

ある経営者は言いました。

「会社を継ぐとは、資産を継ぐことだと思っていました。でも、違いました。判断を継ぐことだったんです」

これが、承継の本質です。

工場も設備も取引先も、全て引き継げます。でも、それだけでは会社は回りません。

「どう判断するか」──その基準がなければ、会社は迷走します。

だから、承継の第一歩は「判断の言語化」なのです。

意思決定の言語があれば、後継者は迷わない

後継者の最大の不安は、「自分は正しい判断ができるのか」です。

でも、意思決定の言語があれば、その不安は消えます。

なぜなら、判断基準が明確だからです。「こういう状況では、こう判断する」──その型があるからです。

もちろん、全ての状況に原則が当てはまるわけではありません。想定外のことも起きます。

でも、基本的な判断の型があれば、その応用ができます。原則を組み合わせて、新しい判断を作り出せます。

これが、意思決定の言語の力です。

あなたの会社には、判断の言語がありますか?

もしないなら、今日から作り始めてください。

先代の判断を観察し、記録し、言語化する。その積み重ねが、承継を成功に導きます。

「お父さんがいないと決められない」から、「原則に従って自分で判断できる」へ。

その変化が、あなたを真の経営者に成長させます。

そして、その原則が、会社の未来を守る羅針盤になるのです。

意思決定の言語は、難しい技術ではありません。「判断を言葉にする」──ただそれだけです。

でも、その「ただそれだけ」ができる会社と、できない会社では、承継の成功率がまったく違います。

まずは今日、先代の判断を1つ記録してください。そして、「なぜそう判断したのか」を質問してください。

その一歩が、あなたの会社の未来を変えます。

判断の言語があれば、後継者は迷わない。

組織は育つ。会社は成長する。

その第一歩を、今日から始めましょう。

  • 無料相談はこちら

    今だけお問い合わせ・ご契約いただくと
    特別に1年間の無料サポートを
    行なっております。

    お問い合わせ
  • 料金表ダウンロード

    後継者専用「経営チェックシート」や
    「料金表」をすぐにダウンロード
    いただけます。

    ダウンロードする